自己小伝
信州友愛ロータリークラブ 会員 堀金 功治様
自己小伝
信州友愛ロータリークラブ 堀金 功治
皆さん、こんにちは。今回「自己小伝」とのお話を頂きました。本当にありがとうございます。
大変僭越ではありますが、簡単に自己紹介という形で載せさせていただきます。
1968年(昭和43年)10月、当時の南安曇郡豊科町(現在の安曇野市)に兼業農家の3人兄妹の次男として生まれました。
今年で53歳になります。豊科北小学校→豊科中学校とすすみ、高校は松本県ヶ丘高校、大学は専修大学に進学しました。
中学までは野球部でしたが高校ではバスケットボール部に所属しました。縣陵バスケ部の練習は初心者である私には想像を絶するほどきつく、何度もやめたいと思ったこともありましたが何とか3年間全うできました。
この時に培った体力や忍耐力が社会人になってから役立っているような気がします。
大学卒業後は日本生命に就職しました。ご存じの方もいらっしゃると思いますが金融機関、特に生命保険会社は転勤が多いのが特徴です。
私が入社してから現在までの勤務地を列記しますと、①東京→②横浜市→③飯田市→④大阪市→⑤静岡市→⑥千葉県市川市→⑦岡山県倉敷市→⑧北海道中標津町→⑨北海道根室市→⑩福島県郡山市→現在小諸市という形になります。引っ越し回数は細かいのも含めると勤続31年で12回したことになります。
⑥の時に千葉県松戸市に自宅を購入してからは、単身赴任生活11年目です。ちなみに転勤の移動総距離をざっくり計算すると、だいたい5000キロでしてテポドンの射程距離くらいになります(笑)。
よく転勤が多いと大変ですねと言われます。特に家族と一緒に動いている時は負担をかけるのも事実です。
しかし慣れてくると各赴任先に長期の旅行をしていると思えるようになりました。家族も旅行や温泉が好きなので結構楽しんでいます。
短期の旅行ではなかなか行けない場所や地元の美味しいお店等、住んでいるからこそ経験出来る部分が多いのです。私も(レンタル)バイクツーリングや⑨の時から始めた日本100名城巡り等細々と趣味を楽しんでいます。
赴任した先はどこも素晴らしい所ですが直近ので印象深いのは北海道での4年間です。
私がいた道東地域は北海道の中でも特に野生動物の宝庫と言われる場所です。車で国道を走っていても市街地に普通に北キツネやエゾシカの大群、天然記念物のタンチョウ等至る所で遭遇出来ます。
ちなみに4年間でエゾシカに2回、そしてヒグマと1回車で衝突した事は今でも自分の中である意味自慢(?)です。また流氷を直接間近で見られた事は本当に貴重な経験です。
流氷と言うのは風向きの関係で接岸したり離れたりとかなり気まぐれで常に見られる訳ではありません。ですから初めて海に浮かぶ氷の塊を見たときは思わず絶叫しました。
やはり住んでいたからこそだと改めて痛感しました。北海道は本州からの開拓民によって拓かれたので外から来た人に対してもオープンだと言われますが本当にその通りで、皆フレンドリーな方々ばかりです。
雪道に慣れていない私が脱輪して路肩で困っていると、通りすがりの見ず知らずの方々がわざわざ車を止めて助けてくれた事が何度もありました。
歴史的に厳しい自然環境のなか協力し合わないと生きていけないという事が今日にも受け継がれているんだなと感じた北海道勤務時代でした。
この事は私の本業である生命保険の「相互扶助」にも通じる部分だなと思います。
ロータリーの根本である「I Serve」の実践へまだまだ不十分な私でありますが、皆様からのご指導頂きながら勉強していきたいと思います。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。