信州友愛ロータリークラブ 例会
2021年5月12日開会 (通算18回)

例会開催は、毎週水曜日0時より開催となっております。

開会点鐘・歌の斉唱

会長挨拶

ロータリーソング 「4つのテスト」
1.
真実かどうか   
みんなに公平か
好意と友情を深めるか   
みんなのためになるかどうか
皆さん、こんにちは。
先週は法定休日のため、当クラブ例会は休会とさせていただきました。
ノンストップ例会も、ここで初めて途切れたわけですが、創立初年度はできるだけ会員の皆さんの意識高揚の為にと例会を続けています。
やはり、一番大切なことは会員皆さんのロータリーに対する価値観とクラブへの愛情を持って頂くことです。
例会を緩くして出席し易くしたとしても、結局出席率は向上しません。つまり会員の皆さんの意識の問題に関わるからです。

私達は闇雲に会員増強という名のもとで、ロータリーやクラブ活動を説明しないまま勧誘し会員となって頂いている風潮があります。
結局、知り合いが集まる仲良しクラブなっていることはありませんか?お酒やゴルフを楽しむ趣味クラブになっていませんか?
新しく入会したけれど、なかなか例会に出席しない会員はいませんか?

私達ロータリーアンは、年会費を払い、拘束されながら組織運営をしている奉仕団体の一員です。
志をひとつに集まった有意義で価値のある組織体の一員であることに誇りを持ちましょう。
私達がまずやることは、奉仕を学び、ロータリーを知り、クラブを使って自己研鑽することです。
きっとそこに自分の人生に付加価値を見出せる何かを発見できるでしょう。
一人では辛いこと、一人ではなし得ないこと、みんなでやればもっと大きな事を実現できるのです。

この1年の間に、新しく設立した信州友愛ロータリークラブの方向性を見つけようではありませんか。
クラブのビジョンテーマを作ろうではありませんか。
このクラブはネットで繋がっています。この繋がりに境界はありません。
Eクラブであるからこそ、もっと高潔なロータリアンとしての自己意識を持ちましょう。

先週5月8日には当クラブの佐久・軽井沢・上田・飯山・東京・千葉地域に居住する会員によるファイヤーサイドミーティングが佐久平駅前のお店で開催されました。もちろんお店の感染対策はしっかりやっていただいております。
当クラブの会員は広域に居住しているため全員で一堂に会することはできません。なので地域を分けてリアルミーティングを行っていく計画です。松本・安曇野地域は別の日程で行います。
こうしてリアルにお会いしますと、やはり懇親が深まりますね。ただネットでは常に顔を合わせていますので、すぐに打ち解けて話ができることも大変素晴らしいことです。


本日は学生時代からもアクティブで海外の各地を歩き自分自身を確立している大変素晴らしい 乾 みゆ紀会員に卓話をして頂きます。よろしくお願いします。

 

メークアップ&ニコニコボックス

下記の皆様よりニコニコボックスを頂きました。

信州友愛RC 市川誠君
「古川様 会員卓話をしていただき ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。」

信州友愛RC 市川誠君
「堀川幹事様 ロータリーの友等お届け頂きありがとうございました。」

信州友愛RC 市川誠君
「大嶋尚志様 会員卓話をお話しいただき ありがとうございました。これからも どうぞよろしくお願い致します。」

信州友愛RC 市川誠君
「小林陽子会員の入会を祝し歓迎致します。」



下記の、1名の皆様よりメークアップを頂きました。

藤森康友様



誠にありがとうございます。クラブを代表しましてお礼申し上げます。

※ご投稿頂いたあとにお支払いをされていないと証明書が発行出来ません。
送ったのに証明書が来ないなどご不明な点がありましたらお知らせください。

卓話

自己小伝

信州友愛ロータリークラブ 会員 乾 みゆ紀様

                      信州友愛ロータリークラブ 乾 みゆ紀
 

 

この度はこのような卓和の機会をいただき、誠にありがとうございます。クラブアドバイザー古川静男様を通じて、この信州友愛ロータリークラブにご縁をいただきましたこと、また金児会長をはじめとする会員の皆さまとのご縁に、改めまして感謝申し上げます。

【自己小伝】
幼少時代に海外や事業などに全く縁のない家庭に育ちました私ですが、母が地域の公民館で開催をしていた「世界の教科書展」に連れていってくれたことが、私が海外に興味を持つようになった最初のきっかけで会ったように思います。見たこともない文字や、日本とは全く違う世界が広がる写真や絵など、自身が使う教科書との違いに子ども心ながらに驚きを覚えました。

中学生時分に素敵な英語の先生に恵まれ、私自身も教員を目指すようになりました。しかし大学進学後、学友は海外経験豊富な仲間ばかりで、海外とは疎遠だった地方育ちの私には厳しい授業ばかりの毎日に、東京での新しい生活に心を躍らせる一方、正直大学の講義は劣等感のみが増す日々でした。

卒業後は長野県内での学校勤務が決まっていたことから、ぜひ学生時代の最後の思い出に、海外の教育や学校を見てみたいと思ったことから「インド・ネパールの学校へ一人で訪問しよう」と思い立ちました。途上国の教育サポートなどに興味もあり、この一人旅が今の仕事の原点であるように思います。

その後、職場の同僚であったアメリカの方を通じて、カンボジアという国に繋がり、個人的に初めて訪問したのが、今も20年来関りのある、孤児院でした。施設での経験は、より大きなインパクトと感動を与えてくれました。当時は社会人一年目、学生時代とは違う視点も芽生えていたのかもしれません。


学校現場で児童・生徒と関わる仕事も毎日大変充実したものでありましたが、カンボジアでの経験が忘れられず、30代を目の前に、「今しかできない」と、周りからの叱責もありましたが。教員を辞して海外へ渡航する決心をしました。
社会人インターンとしてオーストラリアの学校に従事する傍ら。「色々な国の学校を見てみたい」、「世界にはどんな人たちがいつんだろう・・・」という気持ちが高まり、欧州をスタートとし、アジア、北米、南米、アフリカ大陸と30カ国以上を巡った経験は、今の自分自身の事業活動の糧であると思っています。結果、見事に自身の貯蓄は全て使い果たしましたが、目には見えない財産とかけがえのない人生経験を得ることができました。


その後、アメリカのワシントンD.Cで、全く私とは違うアカデミック領域で海外経験を経てきた実姉と細々と姉妹で事業を始めるに至り、今日に至ります。資金が潤沢でない状態から、事業経験「ゼロ」の自分たちが、全てを一から立ち上げるビジネスの大変さ。常に新しいことに取り組む膨大な時間とエネルギー。大手企業でもなく、自分たちの想いだけでスタートした、地方で且つ、新しいスタイルで行うグローバル教育ビジネスは、始業当時はなかなか理解を得られず、そして今もなお、挑戦と葛藤、やりがい、苦しさ、楽しさ、難しさ、等々日々格闘、嵐のような毎日を過ごしております。

企業様、学校・行政との関りなど、ようやく事業も少しずつ先が見えるようになり、「より地域に根差した事業活動」をと、株式会社とは別に立ち上げた社団法人で、小さいながらも祖父母から受けついだ場所で施設を新設、また念願であった、カンボジア大使館特命全権大使を地元・上田地域へお呼びできるようになり、県内大学でのグローバル教育活動など、ようやく地域への社会貢献事業ができるかと思った矢先の新型コロナ感染拡大。

海外との関りを通じて事業を行う私たちにとっては、これも大変な一つの試練でありながら、国際+ICT教育という新たな挑戦が昨年度よりスタートしています。自分たちの過去の苦い経験から、「地方でも世界と繋がることができる」「次世代のグローバル人材育成に貢献したい」そんな想いで立ち上げた自分たちの事業活動が、スモールステップではありますが、生まれ育った長野県へ新しい形で還元できるよう、関わってくださる皆様に感謝し、今後も尽力してまいりたいと思います。